今年は初めて苦瓜がなりまして、感動しました。太陽と水と土と・・・苗がすくすく成長して花が咲き、実がなりました。
これは苦みが持ち味です。
苦い所に栄養があったりして、苦みがいいのですね。
これをずっとつけておいて、実が熟すると甘くなります。
でも食べるのは甘くならない前の苦みをいただきます。
植物は実を実らせるためには、太陽の光、水と土・・・栄養が必要です。
私たち人は、身体だけではなくて、霊と心、魂に必要な糧があるのです。
先週のメッセージより。
「生まれたばかりの乳飲み子のように」
第一ペテロ2章
[あなたがたは、すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善とねたみ、すべての悪口を捨てて、生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、み言葉の乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得る為です。」1、2節
ここで言われている事は3つあります。
第一、悪しき心を捨てる事
第二、生まれたばかりの乳飲み子のように求める
第三、純粋なみ言葉を求める
その目的は→それによって成長し、救いを得る為。
・・すべての悪意、ごまかし、いろいろな偽善とねたみ、すべての悪口を捨てる。私たちの心のうちには、罪があり、悪いものが満ちています。それを捨てるとはどういうことか?それは自分の罪を口で言い現わして、主に悔い改めの祈りをすることです。イエスの血は全ての悪から私たちを清めるからです。
そしてイエス様の十字架は、私たちをゆるし新しくすることのできるものです。アナニアとサッピラは主を信じる夫婦でしたが、土地の代金をごまかし、偽って捧げたために、主の霊を試みて死に至ってしまいました。捧げものに対する心の動機、主は心を見られます。彼らはごまかし、偽善とねたみを捨てることが出来ませんでした。善き行いも主は心の動機を見られます。人の目はごまかせても、主はごまかすことは出来ません。
そして、主に選ばれた私たちは、食べ物が違います。私たちは、全ての悪を捨て去り、純粋なみ言葉の乳を慕い求めて食べるべきです。人は神の口から出る一つ一つの言葉によって生きる。神様の言葉を頂き、生まれたばかりの乳飲み子のように慕い求め、成長して救いを得る者となりましょう。